【日々感じたこと】会えない人の幸せを願う

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村上春樹の新刊「1人称単数」を読んだ。
1編目の作品「石のまくらに」にでは、かすかな記憶しかない女性をテーマに物語が展開される。
作中に自身の経験を彷彿とさせるものがあった。

高校生のときだった。やりたいことを求め当時の僕には大きな海に見えた小さな海を泳いでいた。
繁華街にでかけた際に人たがりを目にした。
興味本位で近づくと、爽やかなお兄さん2人組による路上ライブが行われていた。

人と話すことが苦手な、ましてや初対面の人とはいつも会話に困る僕がライブが終わった後思わず話しかけた。
「どうやって曲を作っているんですか。」
音楽を何も知らない僕に嫌な顔ひとつせず、
コードをデタラメにアレンジしながら鳴らして、
いいと思ったものは忘れないように書き留める。
そこに言葉を思いつくままに乗せていく。
そこで生まれた骨を肉付けしていく。と説明したことを憶えている。
その場でギターをかき鳴らし、即興で歌を披露してくれたことに感動を憶えた。

彼らが活動地域では知名度を上げ多くのファンがいること、
有名になる日もそう遠くないと噂されていること、
ファンたちから有名になることで遠くの存在になってしまうことを惜しまれていることは、その数カ月後に知ったのだけれど。

学校の帰り道に音楽店に立ち寄ると店内に聞き覚えのある音楽が流れていた。
僕はすぐにあの路上ライブで聞いた曲だと気づいた。
店員さんに聞いてみると、彼らはメジャーデビューを果たし、デビュー前からお世話になっていたその店に挨拶をしにきたとのことだった。
「夢って叶うんだ。すごい……。」と、尊敬する気持ちで陰ながら彼らの活動を見ていた。

あっという間にその日から15年の歳月が流れた。
何がそうさせたのかわからない。
突然当時の光景が頭に蘇り、猛烈にお兄さんたちが今どこでなにをしているのか知りたくなった。
記憶にあるのは彼らのバンド名とメジャーデビューを果たした曲の冒頭20秒ほどだけだった。
公式サイトも公開し、各地でファンイベントを開催し、ブログもかなりの頻度で更新されていたと記憶している。
しかし、ネット、音楽雑誌、あらゆる手段を使っても、彼らの活動の痕跡のかけらも見つけることはできなかった。

あの印象的な旋律と歌詞は忘れることはできない。独特の声もギターの音もはっきりと憶えている。
顔も話し声も憶えている。
記憶の中にはしっかり存在しているお兄さんたちの消息を知る手段はない。
これだけ探して出てこないのだから、あのバンドとして活動していないのは確かだろう。
「活動しつづけないと忘れられてしまうんだ……。」そんな無常にせつなさも憶えた。

僕のことなど憶えていないだろう。
努力したお兄さんたちの時間が彼らの中で輝いていて欲しい。
勝手にそんなことを考える。
あの当時応援できなかった僕がいまさらこんなことを思うのは独りよがりではないか、そんな罪悪感にも苛まれつつ。

あの日の接点は意味をもって僕の記憶にぎこちなく存在している。
今の自分と記憶の中にあるお兄さんたちが時々交錯する。
お兄さんたちは時空を逆らって僕の人生に影響を及ぼしている。